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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)7029号 判決

原告 前納勇

被告 横尾茂 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告横尾茂は原告に対し別紙物件目録記載の(二)の建物を収去してその敷地である同目録記載の(一)の土地を明渡し且つ昭和三十一年六月二十日以降右土地明渡済に至るまでの一ケ月金五百四十九円の割合による金員を支払え。被告大金実は原告に対し別紙物件目録記載の(三)の建物から退去して、その敷地を明渡せ。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

(1)  別紙物件目録記載の(一)の宅地は元訴外岸きぬの所有であつたが原告は昭和三十一年六月十八日岸きぬから右宅地を譲受けてその所有権を取得し同月二十日その所有権取得登記を経た。

(2)  ところが被告横尾茂は右宅地上に原告が宅地を取得する前から別紙物件目録記載の(二)の建物を所有し、正当の権原がないのにその宅地を敷地として占有して原告の右宅地の使用収益を妨げ、一ケ月金五百四十五円の賃料相当の損害を与えて居り

(3)  又被告大金実は右(二)の建物の内別紙物件目録(三)の部分に居住しその部分の敷地を占有している。

よつて原告は宅地の所有権に基き、被告横尾茂に対しては前示(二)の建物を収去してその敷地である(一)の宅地を明渡し且つ原告が宅地につき所有権取得登記を経由した日である昭和三十一年六月二十日以降右宅地明渡済までの一ケ月金五百四十九円の宅地の賃料に相当する損害金の支払らふべきことを求め、被告大金実に対しては前示(三)の建物部分から退去して、その敷地を明渡すべきことを求めるものである。

被告等の抗弁については

(イ)の事実のうち被告横尾が岸きぬから本件宅地を普通建物所有の目的を以て賃借したとの点は否認する。被告横尾は原告の夫である訴外岸録三とは予ねて懇意の間柄であり、本件宅地が更地のまま放置してあるのを知り録三に対し「二、三年の間でよいから、右宅地に一時的のバラツクの小屋を建てさせて貰い度い。録三の方で必要なときは直ちに宅地を明渡すから」と懇請したが、当時本件宅地の所在地域には区画整理が実施される旨公表されてゐたので、録三は右区画整理の施行されるまで二、三年の期間、本件宅地を一時的に使用させてもよいと考え、昭和二十二年一月、横尾の申出に応じて一時的に無償で本件宅地を横尾に使用させることを、妻きぬを代理して承諾したもので、一時的使用貸借契約があつたのであるが、右使用貸借契約とても、その後昭和二十六年六月二十三日きぬより被告横尾に対し本件宅地の返還を求めたので、これによつて解約されたものである。

のみならず仮に被告横尾が岸きぬから本件宅地を賃借していたものとしても、原告が本件宅地につき取得登記を経由した当時、右宅地につき被告横尾のための賃借権設定登記もなかつたし、又その宅地上の同被告所有建物についても、同被告のための所有権保存登記も経由してなかつたから、同被告の賃借権は原告に対抗できない。

(ロ)の事実のうち原告がその肩書地で薬局を経営して来ていること、本件宅地取得当時、その宅地について岸きぬと被告横尾との間に紛争のあることを知つていたことは認めるが、本件宅地以外に原告が不動産を所有し豊な蓄財があるとの点は否認する。その他被告横尾方の生活事情は不知

と述べ、

立証として甲第一乃至第三号証を提出し、証人岸録三の証言並に原告本人訊問の結果を援用し、乙第五号証の岸録三の印影の真正なものであることは認めるが、同号証の成立はその余の乙号各証の成立と共に不知と述べた。

被告等訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張事実は

(1)のうち、原告がその主張の宅地を訴外岸きぬから譲受け、その所有権を取得したとの点は不知、その余の点は認める。

(2)のうち、被告横尾が右宅地上に原告が宅地を取得したと称する日時前から原告主張の建物を所有し、その宅地を敷地として占有していること、右宅地の相当賃料額が原告主張の通りであることは認めるが、その余の点は否認する。

(3)は認める。

と述べ、抗弁として

(イ)  被告横尾は昭和二十二年一月岸きぬからその所有に係る本件宅地を普通建物所有の目的で期間の定めなく賃借し、その借地上に別紙物件目録(二)の建物を建設所有しているのであり、又被告大金は被告横尾から右建物のうち同目録(三)の部分を賃借居住しているのであるからその敷地の占有は被告の敷地賃借権の行使に外ならない。

(ロ)  仮に原告が真実本件宅地を取得したとしても、岸きぬは本件宅地を自己使用の必要があることを理由として昭和二十六年九月一日被告横尾を相手取り豊島簡易裁判所に土地明渡調停を申立て、その調停が不成立に終つたところ、原告において右宅地を譲受けたというので本訴を提起したものであるが、原告は永年その肩書地で薬局を経営し、蓄財も豊で、本件宅地以外の所有不動産も多く、本件宅地譲受けに際しては被告横尾所有の建物が右宅地上に存することを知つていたものであり、本件宅地については妥当な賃料を収得すればよいので、強いて、明渡を求める利益も必要もないのに反し、被告横尾は財産とて見るべきものはなく、うじて本件借地にささやかな一戸を構へ、多数の扶養家族を抱へて、糊口をしのぐにすぎず、本件宅地を明渡して、他に移転すべき行先もなく、生計を失う外はないことになるので、同被告にとつては宅地の明渡は致命的な結果となるので、原告の本件宅地明渡請求は権利の濫用として許されないものである。

なほ被告等の抗弁(イ)に対する原告の再答弁のうち、原告の本件宅地取得登記当時、被告横尾のための借地権設定登記又は右宅地上の同被告所有建物についての所有権保存登記が経由されてなかつたことは認める。

と述べ、

立証として乙第一乃至第十号証を提出し、証人岸録三の証言並に原告、被告横尾(第一、二回)に対する各本人訊問の結果を援用し甲第一号証の成立は認める。甲第二号証は、そのうち登記所作成部分の成立は認めるがその余の部分の成立は不知、甲第三号証の成立は不知と述べた。

理由

原告主張の(1) のうち原告がその主張の宅地を訴外岸きぬから譲受け、その所有権を取得したとの点を除いたその余の事実は被告等の認めるところであり、又証人岸録三の証言、原告本人の供述並に右証言と供述とにより真正に成立したと認められる甲第三号証を綜合すれば原告は岸録三に対し、その妻きぬの連帯保証の下に昭和二十九年七月二十日金五十万円を弁済期同年十二月三十日利息月三分と定めて貸付けたが弁済期が過ぎても録三は借用金を返済せず、原告から返済を求めたところ、録三は右借用金の支払に代へ、きぬ所有の別紙物件目録記載(一)の宅地を譲渡し度いといふので昭和三十一年六月十八日原告は前示貸金の元利金の受領に代へ、岸きぬから右宅地を譲受け、その所有権を取得したことを認めることができる。

原告主張の(2) のうち、被告横尾が右宅地上に原告の宅地取得前から、原告主張の建物を所有し、その宅地を敷地として占有してゐること並に原告主張の(3) の事実も又被告等の認めるところである。

そこで被告等の(イ)の抗弁についてしらべてみると、証人岸録三の証言の一部、被告横尾本人の供述(第一回)の一部並に右供述により真正に成立したと認められる乙第五号証、(但し末尾の昭和二十二年十一月七日午後九時拙宅ニテ地代坪一円五十銭、月六十一円七十銭拾年期間契約ス権利申告書出ス」との記載部分を除く)乙第七乃至第十号証を綜合すれば昭和二十二年一月岸録三は妻きぬの代理人として被告横尾に対し、きぬの所有であつた別紙物件目録(一)の宅地を右宅地所在地域に施行されることになつてゐた区画整理の実施されるまでのつもりで、期間を定めないで、普通建物を所有させるため賃貸し、取引先である綿屋の大橋某をして右宅地の賃料を受領させてゐたことが認められる。証人岸録三の証言中右認定に反する部分、被告横尾に対する本人訊問の結果中右認定に副わない部分は何れも信用ができないし、乙第五号証中横尾茂殿と記載した部分より後に書かれた末尾の部分の記載は被告横尾本人の供述(第一回)によつても明なように、同被告が自分だけで記入したものであつて、的確な証拠とは云ひ難く、その他前述の認定を左右し得る証拠はない。

以上の認定事実からすれば、岸きぬと被告横尾との間には本件宅地につき、普通建物所有の目的による一応期間の定めのない賃貸借契約が成立してゐるものと解するのが相当である。

けれども原告の指摘するように、原告の本件宅地取得登記当時、右宅地について被告横尾のための賃借権設定登記又は右宅地上の同被告所有建物につき同被告のための所有権保存登記が経由されてなかつたことは被告等の認めるところであるから被告横尾の借地権が原告に対抗できないものであることも疑ひはない。従つて(イ)の抗弁はそれ自体だけでは宅地占有の正当な権原があることにはならない。

そこで(ロ)の抗弁についてしらべてみると、原告が本件宅地を取得したのは、すでに判示したように、貸金に対する代物弁済として、債務者よりの申出により譲渡を受けたものであるから、元来本件宅地を使用する必要があつたわけではなく単にその経済的価値がねらひであつたことは明であるばかりでなく、原告本人訊問の結果によれば、原告は本件宅地以外にその所有名義の土地、建物は所有してゐないが、原告の現住居は原告の弟の所有に属するものを、その弟から借用し同所で薬局を経営してゐる(この点は原告の認めるところである)ことが認められ、右住居を移転する必要がさし当りないことが推知されるので、原告にとつては、本件宅地は資産として相当の利潤を得るだけで満足できないわけでもないと解されるのであるが、他方被告横尾に対する本人訊問の結果(第一回)によれば、同被告は約四十万円程度の借財があり、別紙物件目録記載の(二)の建物も古材を使用し、建築費も値引きして貰つて漸く建てたような次第で、保険会社に勤めて、その給料中より少し宛債務を弁済してはゐるが生計は苦しいことが認められ、右事実よりするときは、本件宅地を明渡し、住居を失うときは到底一家の生計を維持できないような致命的打撃を受けることが推知される。

以上の事実彼比綜合すれば、原告は本件宅地を相当の賃料を徴して賃貸して置いても、財産上、さほど苦にはならないのに反し、被告横尾は本件土地を明渡すことにより前述のような打撃を受けることになるので、かような場合に、同被告の借地権が対抗要件を欠いてゐるといふだけのことで、強いて宅地の明渡を求める原告の請求は、所有権の行使としてその正当な範囲を逸脱したもので権利の濫用として法律の保護に価しないものと云はざるを得ない。

従つて被告横尾に対し本件宅地明渡を求める権利のあることを前提とする原告の本訴請求は失当として棄却を免れない。

次に被告大金の別紙物件目録(三)の建物居住が被告横尾より賃借したことによるものであることは、原告において明に争はないので民事訴訟法第百四十条の規定により自白したものと看做されるが、右事実によれば被告大金の右(三)の建物の敷地の占有は被告横尾の借地権に依拠するものであり、被告横尾に対し右敷地の明渡を求める権利を認め得ない本件では、被告大金に対する右敷地明渡請求も又失当であつて棄却さるべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎)

物件目録

(一) 東京都豊島区西巣鴨二丁目千九百八十二番地五

宅地 四十一坪一合三勺

(二) 東京都豊島区西巣鴨二丁目千九百八十二番地所

在家屋番号同町甲第千九百八十二番

木造ルーヒング葺平家居宅一棟

建坪 九坪五合(実測十二坪五合)

(三) 右(二)の建物の内東側さしかけ三坪

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